とある場所で、空気を読まない(読めない?)人とちょっといろいろやっています。

そこでは、会員さんがいるような場所での、お世話がかりといったほうが適切な仕事(業務?)をしていたりするのですが、いろいろ決めたりしなければいけない場面が多々あります。
特に、会員さんからの要望などを受けて、それを検討、判断する場面なんかで、この空気を読まない人がネックとなったりします。

空気が読めないというとネガティブなイメージがありますが、どちらかというと自己主張が強いという感じなのかもしれません。あと、自己主張だけでもなく、正論を振りかざす場面などもあったりします。
確かに、正論は大事です。ただ、実用上、正論だけではうまく回らないことが多々あります。そういう場合に役に立つのが。「空気を読む」ということじゃないかと思います。

なんとなく、だめだなぁ、間に合わないななどという場面が多々あるかと思いますが、そういう場合には、まさに、周りの空気を読んで、実務上差し支えない範囲で、ちょっと外れてみる。そういう判断も時には必要になってきます。その際には、当然、正論では説明できないようなことも行なっていかなければいけません。

ちなみに、ここでいう、正論ではない部分と言っても、法に触れるようなことでもなく、自身で決めたルールをちょっと外れるといったような部類にあたります。

ここでちょっと考えてみると、お世話をする上でやはり一番大事なのが、ちゃんと回ること、会が滞りなく、また、会員の皆さんに不快な思いをさせずにちゃんと回す。これが至上の命題じゃないか?と自分は思っているわけです。
なので、多少、いざこざ的なこと(人が多いと結構あったりします。まあ、メールベースではあったりするのですが)が起きると、ちょっと折れてうまく回すことが実は一番重要。
ただ、ここで、空気が読めない人は、絶対折れません。こういう人が一人でもいると、会の雰囲気が全く変わってしまう。
これが一番いけません。こうなってくると、会の活動から目を背ける人が増え、結果的に、会の活動がしぼんでしまい、最終的には無くなってしまう。これが最悪の結果ではないでしょうか?

やはり、同じ志を持って集まった仲間がいる会は、存続し、活動を続けていくことが大事ですので、非常に日本的ではあるのですけど、やはり「空気を読む」ということは大事なのではないでしょうか?